アパートの部屋での会話、SNSから漏れ出る、それぞれの本音。
変化する関係性、就活への焦り、そして、、、
戦後最年少の直木賞受賞作となった小説「何者」について解説します。
「何者」あらすじと解説
友人には言えない本音を、匿名掲示板やSNSに託す登場人物たち。
- 他人のPCの検索履歴から、相手の本音を見てしまう
- 他人のSNSのアカウントを探し出す
- 就活のグループディスカッションでつい他人を観察する。
そういう絶妙な「リアル」さがあって、読むのがつらいけど、とまらなくなる中毒性があります。
今から10年以上前の作品なので、登場する単語(ipod shuffleとか、Twitterの「お気に入り機能」とか)には若干の古さもありつつ、物語自体には、色あせない魅力が。
現在の就活を知る若者から見たら、また違った印象を受けるのでしょうか?
- 著者:朝井リョウ
- 発売:新潮社 2012/11/30
- Kindle Unlimited(読み放題サービス):対象外
- Audible(聴く読書):聴き放題対象
→冒頭5分の試聴はこちら (リンク先で「▶Audibleサンプル」を押下)
聴く読書「Audible」版の何者は、再読にぴったり!
Audible版(朗読版)の何者も聴きました。
朗読者は榎木 淳弥さん。アニメ版呪術廻戦で、主人公虎杖悠二の声を演じている方です。
本作「何者」では特に光太郎のセリフが印象的。彼のおちゃらけた明るい声と、その背景に含まれた真剣さを感じさせる絶妙な朗読が、グッときました。
なお、この「何者」という作品。SNSの書き込み、回想、通常の会話が入り混じったり、リフレインする部分が多く、朗読版だとちょっと混乱する点は否めません。
朝井リョウさん作品らしさ、といえる部分だよね
書籍だと、SNS部分はフォントを変えてあったり、回想の前後に空白行をいれてあったりするのですが、朗読版ではそうもいかず。
また、Audible版だと、毎回SNSのアカウント名の「アットマーク」とか「アンダーバー」を読み上げたり、「インスタグラムのリンク」とか、いちいち付くため、違和感が強く、初読の方には紙の本を強くおすすめします。
一方で、すでに読んだことがある、という方なら、ぜひAudible版の何者で。耳で聴くと、また登場人物たちに違った印象を抱いたり、新たな発見があるかもしれません。
スピンオフ短編集「何様」について
「何者」に登場した登場人物たちの背景エピソードや、その後のできごとが描かれます。
光太郎の忘れられない人、とは誰なのか?
理香と隆良はなぜ同居しているのか?
「何者」で描かれなかった背景が気になるあなたは、ぜひ読んでみてくださいね。
ただし、「何様」では主人公の拓人の物語は描かれません。「拓人」の迎える結末と未来の予感は「何者」で十分に書きつくされた。ということなのでしょう。
「何者/朝井リョウ」感想 ~わたしが「何者」を好きな理由~
「何者」は不思議な物語です。読み返すたびに、発見があり、一度読んだ後も何年か後にまた読み返したくなる。
そんな不思議な魅力が、わたしが「何者」をすきな理由です。
決して読んでいい気持ちはしない。むしろ、辛い、と感じることの方が多い作品ですが、それでもついつい読んでしまう。それが「何者」なのです。
10点でも20点でも、外に向かって出力すること
「何者」をはじめて読んだ際の印象は、「SNSで暴かれる人間の本性は恐ろしい」、というものでした。
それから10年経ち、私自身が社会人10年目となって、当初とはまた違った感想を「何者」に抱いています。
- 頭の中で100点の傑作を妄想しておしまいにしない。
- 自分の作品を、成果を外にひとつでも出力すること。
- 10点でも20点でもいい。外に出さなければ、点数すらつけてもらえない。
社会人になって何かにチャレンジする機会も勇気もすり減ってきた今、瑞月さんの言葉、ギンジの挑戦する姿、ラストにありのままを出そうとする拓人の姿に、勇気づけられる自分がいました。
何度も読み返し、そのたびに新たな発見をくれる「何者」という作品。一度読んだことがあるあなたも、そうでないあなたにも、ぜひ読んでもらいたい作品です。
ラストのどんでん返しと、ちょっとした伏線
本作のクライマックスで明かされる真実。そういう物語ではない、と思っていたので、初読時に驚いた人も多かったのでは。
何者の前半部分、模擬ES(エントリーシートの練習版)を持参した拓人に、サワ先輩が「そんなの、お前、今更やる意味ないんじゃねえの?」と発言していました。
この部分がどんでん返しの伏線になっていたの、気がつかなかったなあ。
理香さんというキャラクターについて
終盤で理香さんが思いの丈をぶつけるシーン。
ちょっとねちっこいというか、キツすぎるというか、そこまでいうか!?という印象もありますが、ここまでためてきたフラストレーションがいっきに爆発するシーンであり仄暗い爽快感すら感じます。
理香さんは主人公 拓人の合わせ鏡。お互い似たもの同士なんですよね。
理香さんは、「お前はこんなやつなんだ」と、拓人の目の前で拓人のTwitterの裏アカウントを見せつけながら発言します。
理香さんも、裏アカウントという一面でしか、SNSで切り取られた言葉からしか、拓人を評価していない。
SNSの切り取られた発言からギンジを批判する拓人と、理香さんは同じことをしているのです。
とはいえ、そんな自分の醜さに理香さんも気づいている様子。自分は醜い。そのことを自覚する辛さが「ダサくてカッコ悪い自分を理想の自分に近づけることしか、できない」というセリフに、滲みます。
主人公、拓人のもうひとつの合わせ鏡、隆良について
拓人は隆良のことを苦手に感じています。それもそのはず、隆良は拓人とそっくり。理香さんと同じく、隆良は拓人のもうひとつの合わせ鏡として、描かれます。
隆良は自分の理想が大好きです。かっこよくて他人とは違って、クリエイターとして、ディレクターとして活躍する。そんな自分の理想と100%一致する、未来を追い求めています。
アイデアを頭の中で煮詰めて、100%になるまで外には出さない、そんな考え方なので、いつまでたっても成果物が彼の中から出てくることはありません。
結局その点でギンジと考えが合わず、ギンジとのコラボイベント企画は白紙になります。
そんな隆良ですが、「自分と同じ目線で世界を見てくれる人はもういないんだよ」と瑞月さんから面と向かって意見を言われ、言い返すこともできませんでした。
そのあと隆良は理香さんと旅行に行き、「#1日1写真」と写真をアップすることにしたようす。1枚の写真でも、何かを出力しようとする。
瑞月さんをきっかけに隆良の中に起きた小さな変化を感じさせるシーンです。
瑞月さんのしんどさが、心にせまる
社会人になって10年たった今、何者を読み返すと、登場人物5人の中で、瑞月さんの「しんどさ」が際立ちます。
瑞月さんの就活は一見すると登場人物の中で一番順調です。有名企業のエリア職に一番最初に内定を得て、早々に就活終了。
就職に失敗し続ける拓人に、電話で一番に内定を報告するあたり、ちょっと無神経な気もしますが、身の上を聴いてくれた拓人に一番に報告したい、という誠実さだったのかもしれません。
瑞月さんは家庭の事情で「ちゃんと」就職しなければなりません。自ずと職場の選択肢は限られ、自分の人生を好きなように生きられない。
まだまだいろんな選択肢がある他の登場人物とは違い、人生の「選択肢」が早くに閉じてしまった瑞月さん。就職してからもずっと母親に縛られている人生になるのか、やるせない気持ちになります。
「何者」文庫版と単行本版の表紙イラストについて
実は、「何者」は単行本版の表紙がとてもすてきなのです。
履歴書写真のような匿名の顔が並ぶ様子が、「就活」と「SNS」の両方を意識しているようなデザインになっています。
単行本版の表紙のイラストレーターさんのリンクを貼ったので、ぜひ見比べて。
「何者」のように、先が気になってついつい読んでしまう本を紹介中!
ぜひご覧ください。